三国志「赤兎馬」の正体は"汗血馬"だった?新疆で出会える伝説の名馬
三国志ファンなら誰もが知る、あの呂布の愛馬「赤兎馬(せきとば)」。一日に千里を走るとまで謳われたこの名馬、実は中国の歴史書に記された伝説の馬「汗血馬(かんけつば)」がモデルになっている、という説があるのをご存じでしょうか。
そして驚くべきことに、この汗血馬の血を引くとされる馬は、伝説の中だけの存在ではありません。今も実在し、新疆の大地でその姿を見ることができるのです。
汗血馬とは?漢の武帝を動かした一頭の馬
汗血馬の物語は、今から2000年以上前、漢の武帝の時代までさかのぼります。当時、漢の遥か西方には大宛(だいえん)という国があり、そこには「血のような汗を流しながら、一日に千里を走る」と伝えられる名馬がいました。
武帝はこの馬をどうしても手に入れたいと望み、なんと大軍を派遣して大宛を攻めるほどの執着ぶりを見せます。一頭の馬のために国家規模の遠征が行われた——それほどまでに、汗血馬は当時の人々を魅了する存在だったのです。
この東西を結ぶ交流の道こそ、後にシルクロードと呼ばれることになる道の原点のひとつでもあります。
なぜ「汗血」と呼ばれるのか

名前の由来にも諸説あります。よく知られているのは、寄生虫による吸血で皮膚に血が滲み出し、まるで血の汗を流しているように見えたという説。刺激による痛みや痒みから逃れるように走り続けたため、常識を超える速さと持久力を発揮した、とも言われています。
そして現代、この汗血馬の子孫ではないかと考えられているのが「アハルテケ(Akhal-Teke)」という馬種です。中央アジア原産のこの馬は、光を受けると体毛が金属のように輝くことで知られ、「幻の馬」「黄金の馬」とも呼ばれています。1935年には約4,000kmの距離を84日間で走破した記録も残っており、その驚異的な持久力は、汗血馬伝説を裏付けるかのようです。
ちなみに、この汗血馬の"故郷"は、中国ではなく現在の中央アジア一帯(大宛はフェルガナ盆地、アハルテケの原産地はトルクメニスタン)にあります。当時の中国は、遠く西方からこの馬を求め、迎え入れる側だったのです。
新疆で出会える、丝路の"生きた証"
では、なぜ新疆でこの馬に出会えるのでしょうか。それは、新疆が古来よりシルクロードの要衝であり、漢の使者・張騫が西域に旅立った道、そして武帝の軍が大宛へと向かった道が、まさにこの土地を通っていたからです。
その"証"に出会えるのが、ウルムチ市内・鯉魚山公園の中にある「新疆野馬古生態園」。2008年に開園したこの園内には、この血脈を受け継ぐ汗血馬はもちろん、モウコノウマ(普氏野馬)や矮馬など貴重な馬たちが飼育されており、実際にその姿を間近で見ることができます。2000年以上前、命がけで求められた伝説の馬が、今も丝路の大地に立っている——そう思うと、ただ馬を眺めるだけでも特別な感慨があります。
園内にはほかにも、この土地が歩んできた悠久の時をそのまま感じさせてくれる自然の"遺産"が集められています。国内最長・全長43メートルにも及ぶ珪化木(木の化石)が林立する珪化木林、樹齢千年ともいわれる胡楊の枯れ木350本が並ぶ胡楊林、そしてアルタイ草原からもたらされた3000トンにも及ぶ鉄隕石など——馬だけでなく、シルクロードの大地そのものが育んできた壮大な時間の積み重ねを、歩きながら体感できる場所になっています。
この馬に会いに行く旅
もし「赤兎馬」や「汗血馬」の物語に心惹かれたなら、実際にこの馬と対面できる旅はいかがでしょうか。

私たちが手がける豪華寝台列車「シルクロード・エクスプレス」は、2027年6月末、西寧を出発し、哈密・ウルムチ・アルタイ・喀納斯(カナス)・伊寧・新源・庫車・喀什(カシュガル)・麦蓋提を巡り、再び西寧へと戻る17日間の南北疆ルートを運行予定です。今回ご紹介したウルムチの新疆野馬古生態園はもちろん、"東洋のスイス"とも称される喀納斯の湖畔風景、天山山脈の懐に抱かれた伊寧の街並みなど、新疆の北から南までの魅力を一本の列車でじっくりと味わえる、長期滞在ならではの旅程です。

車内は超五星級ホテルさながらの寝具・バスルームを備え、24時間対応のバトラーサービス、専用のバーラウンジのほか、シガールーム・麻雀室・カラオケルームも完備。長い道のりも、まるで動くリゾートホテルに滞在しているかのような快適さでお過ごしいただけます。
歴史の教科書やゲームの中でしか知らなかった名馬に、実際の丝路の大地で出会う——そんな特別な体験を、ぜひこの旅程の中で味わってみてください。